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Food diary from Manchester, Great Britain
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鮭のコンフィ - 料理と気持ち
-salmon confit with salad-

9月は、なんだかダメでした。
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鮭のコンフィ(オイル漬け)。生鮭をオリーブオイルとハーブ(お好みで何でも。レモンの皮などもおすすめ)など(胡椒や塩も)と一緒に密閉できる袋に入れてオイル漬けにしました(一日程度)。それを熱湯を張った厚底鍋に入れ、鍋ごと低温(80度ぐらい)のオーブンに入れて調理(1時間未満)。

しっとりしてます。さっぱりしたトマトサラダとバルサミコ酢と一緒に頂きました。



料理と気持ち

このところ、どうも気持ちが安定しないというか、元気がでないという状態が続いている。秋になって物悲しいのか…。きっと要素は一つだけではなくて、いろいろな事情心情が重なっているのだろう。そういうときに決まって感じるのは、料理が美味しくならない。不思議なことにいつもと同じレシピのものでも、全然美味しく仕上がらない。逆に言うと、料理が美味しくできないとき、私の気持ちは不安定もしくは、疲れている。

私は、料理の最大の調味料は「愛情」だという臭い台詞を本当だと信じている。そこに込めるのが一様に「愛情」ではないにしろ、気持ちや意識が散漫とした状態では、本当に美味しいものは作れない。その原理ははっきりとは分らないのだが、料理に表れる味は確実にその日の気持ちの在り方を代弁している。

このところ、ブログの更新はさぼっていたが、料理をしていなかったわけではないし、新しいレシピにも挑戦したりしていたのだが、どれもこれも上手くいかなかった。そうなると作る楽しみも減ってくる。今日も、帰宅後、どうも料理をする気がなかったのだが、そんな不機嫌な私のせいで罪もない野菜たちが放ったらかしにされているのが不憫になって、重い腰を上げて夕飯を作った。気合い不足のせいか、それほど美味しくできなかったけれど、テレビを消してダイニングでゆっくり食事をした後、夫としばらく話し込んだ。すると少しだけおしゃべりになって機嫌がよくなっている自分に気づく。最近、所用が多くて、夜も外出することが多かったし、また、家にいても疲れたといってダラダラとテレビを見ながら適当なものを食べて終わらせた日も結構あった。料理が美味しくできない上に、食べ方もいい加減になっていた悪循環に今更ながら気づく。いかんいかん。意識していないとすぐに仕事や日々の生活に追われ、いい加減になったり余裕がなくなってしまうこの性格。美味しい料理を作るためにも改めたいものだ。とか言いつつ、明日も外食の予定が入っている…やれやれ。
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by deliciousspace | 2009-09-30 07:26 | 魚系
トマトラーメン - トマトは大人の食材
-tomato ramen-

 更新さぼってますが、元気です。
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醤油ラーメンの具を湯向きしたトマトにしたもの。その他の野菜は人参とレタス(チンゲンサイやほうれん草など何でも合います)。トマトはラーメンの汁でかるく煮てあります。


トマトは大人の食材

子どもは人参やピーマンが嫌いというのが、定番中の定番であった昭和の終わり、私は何でも好き嫌いなく食べて、大人に誉められることに誇りを持ってる子どもであった。煮しめなどに入っている人参を好物にし、さらに昆布なども進んで食べ、さらに酒の肴になりそうな料理にも手を出す渋い子どもであった。好き嫌いはまずなかった。そんな私が唯一「敵」と認識していたのが、トマトである。家で食べるトマトはまず生のトマトで、そのタネの周りのニュルッとした奴が許せず、さらに給食に出てくるトマトスープは、転んで擦りむいた傷を舐めたときの味がすると思っていた。

それが、二十歳を過ぎた辺りから、トマトを最低でも週一回、今では、常備野菜にトマトがないと「不安」を感じるまでになった。どこで、私の味覚に変化が起きたのかは、正確には覚えていないのだが、この背後に80年代後半から90年代初めのいわゆるバブルの頃に発生した「イタリア料理ブーム」があるのではないかと、踏んでいる。当時は、流行に敏感な頃、「イタ飯」に憧れた。トマトが好き嫌いは関係ない。「イタ飯」はお洒落なのである。そして、「イタ飯」と言えば、トマトがつきもの。イタ飯最盛期から数年遅れて、私は上京したのだが、東京にはイタリア料理店が沢山あった。しかもトマトはスープや生でサラダに入っているだけはなくて、いろいろと料理の幅があるものだと知るのである。しかも、美味しい。そう、単に美味しいトマト料理に出会っていなかっただけの話。そんなこともあり、トマトは私にとって大人の食材なのである。
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by deliciousspace | 2009-09-15 06:15 | 麺・パスタ系
スパイスドトマトスープ - スパイスの思い出
-spiced tomato soup-

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材料(作り易い分量):トマト中6個、玉ねぎ1、人参半本、赤のパプリカ1個。使ったスパイスコリアンダーシードひとつまみ、クローブ3個、ベイリーフ1枚。
作り方:スパイス以外の材料を適当切り(トマトは半分、玉ねぎ回し切り、人参とパプリカは短冊)、オリーブオイルと塩をふってから200度以下のオーブンで30分ほどローストする。(時間がゆるすのであれば、低い温度で長くローストするのが理想)スパイスを500ccぐらいの水に浸してからそれを弱火にかけて、香りの付いたお湯を作る。ローストした野菜をミキサーなどにかける。裏ごしして鍋入れて、火にかける。香りのお湯でのばしながら静かに煮込む。塩で味を整える。オプション→カイエンペッパーで辛みを付ける。ちなみに、作った直後は食べずに翌日になってからもう一度火を通して頂いた方が美味しい。



スパイスの思い出

スパイスやハーブを使う料理を作っているといつも思い出す一場面が私にはある。それは、私がまだ高校生で、お洒落なライフスタイルなどに興味を持ち始める頃である。ファッション雑誌で見つけた、カレールーを使わず、自分でスパイスを組み合わせて作る、ヘルシーでお洒落なカレーなるものに引かれ、料理のテクニックもスパイスの知識もないのに挑戦してみたくなった。

当時は、まだ地方都市の実家住まい、スパイスは自宅どころか、食料品店でもあまり多くの種類は売られていなかった。スーパーやデパートなどの何件か巡り、その雑誌に載っていたレシピに使われているスパイスを揃えるなど、やたら長い前置きを経て、いよいよクッキング開始。レシピ通りに大さじ1、小さじ1とスパイスを組み合わせ、カレーは出来上がった。

さあ、味見。ところがどうだろう、とんでもない味である。とってもじゃないが食べられたものではない。今なら、どのスパイスをどのくらい使うとかだいたいの知識があるので、加減が出来るが、その頃はそんなものはないので、ひたすらレシピに従ったにも関わらず、どこかで小さじと大さじを間違えた。コリアンダーシードが異常に入った喉の裏がキーンとなるような味になってしまった。

その日は、「私が夕飯を作るから」と張り切っていただけに、撃沈。しょんぼりしていると、父がそのどうにもこうにも食べられたもんじゃないカレーをどうにかアレンジして食べられるように、あれやこれや手を加え、食卓へ並べてくれた。しかし、すでに強烈な味になっているので、多少手を加えたくらいでは味は変えようもなく、父の努力虚しく、そのカレーは不味いままだった。それでも、父は「スパイスってもんはなかなか面白い味がするもんだな」とか何とか言って食べている。普段、市販のものなど、口にあわなかったりすると一切箸が進まなくなる父だけに、無理をしているのは丸見えだった。日頃、感情を表に出さない父親だけに、その状景が強く印象に残っている。思いがけず、父の優しさに触れ、さらにその非常な不味さも手伝って、この出来事は忘れられないスパイスの思い出になっている。以来、コリアンダーシードを使うと反射的にあのカレーが甦る。そして、思うのは、一生懸命トライして失敗したら、その失敗を責めるのではなく、その一生懸命を讃えることが大事である、と。しかし、心に余裕がないとこれが意外と難しいのである。

今日から、本文のスタイルを変えました。料理写真に続いて簡単なレシピまたは説明。その後に、その料理から連想された短いストーリーを載せています。料理にまつわるエピソードの引き出しはある方だと思っているのですが、続くかしら…。そして、お粗末な文章も書いていくうちに少しはマシになるかしら…。
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by deliciousspace | 2009-09-03 07:18 | 汁物系


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